ごきげんよう

物静かな秋の夜に

都築圭という人のおはなし

 

ごきげんよう

昨日2017年11月18日。
アニメ「アイドルマスターSideM」にて、担当ユニットのひとつであるAltessimo(をまだ結成する前の都築圭と神楽麗)が、動いて喋りました。

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なんという世界線に生きているんだ。感謝しかない。

それに伴い、いろいろ都築さんと音楽についてまたいろいろ解釈が深まったというか、考えるところがあったので、自分用の備忘録としてぽちぽちすることにしました。

あくまで個人的な解釈なので、これを受けて「わたしもそう思う」と思う方も、「ここは理解できるけどここは違うと思う」「そもそも決定的に解釈が違う」と思う方もいらっしゃると思います。この記事が「あなたにとってのAltessimo・都築圭」を考えるきっかけのひとつになればうれしいな、と思います。いろんな人にとってのAltessimo像を見るのが好きなので…!もしよければ、是非「あなたの思うAltessimo」のことも聞かせてくださいね。

 

作曲家・都築圭

さて、都築さんは元作曲家のアイドルです。今まで彼の作曲家時代について言及されていることといえば、

・「伝説の歌姫」の大ヒットしたデビュー曲(でありその曲を最後に引退してしまった事実上最初で最後のヒット曲)を作った(虹の音楽祭イベスト・雑誌ほか)。

・「あのときの彼女の歌は、素晴らしかったなぁ。僕が歌にこめた期待以上に、彼女は応えてくれてね。歌に魂が注がれていくさまを見て、心が震えたよ」「あの頃の僕は、彼女に曲を捧げることが全てだった。僕の作る曲に魂を吹き込み、最も美しい音へと昇華させてくれるのは彼女だけだと思っていたから。」(ST@RTING LINE11ドラマパートより)

・旬くんに「都築圭さんですね。驚きましたよ。あんな著名な音楽家が、日本のこんな、小さなプロダクションに所属していたなんて。」と言われるほどの人だった。(電撃オンライン「現役高校生バンド"High×Joker"にインタビュー!」より)

などがぱっと挙げられると思います(もちろん他にもたくさんありますが)。

これまでの彼を見ていると、「彼は世間に著名な音楽家として認められていながら、恐らくは『彼女』との別れが原因か、何かしら自分の表現したい音楽を見失ってしまったのではないか」、と思っていました。まだふんわりとした理解しか出来ていなかったので、いつかそれが補完される日は来るだろうか、と、自分なりに彼がどんな「理由」を背負っているのかわかる日が来るのかと待っていました。まさかそれが、アルテはそんなに出ないだろうと思っていたアニメでのことになろうとは。

ですがまず先に話題にあげるのは、時系列的にアニメよりも先に世に出た、ORIGIN@L PIECES04に収録されているソロ曲「Sanctuary World」です。

 

「五線の上でいつしかサイレント」

これまで「Never end『Opus』」でもAltessimoの2人の苦悩は歌われていましたが、都築さんの過去については、今までぼんやりとしか明かされていませんでした。明言されていたら完璧にわたしの見落としですごめんなさい。

ソロの感想については前も書いたので詳細は割愛するのですが(よければここからどうぞ→ありがとう世界 - ごきげんよう) 、わたしはこの曲を聴いて、麗さんとの出会いで彼の世界が再び色づき、世界はこんなにも素敵な音に満ちているのだな、ということを思い出せた…そして彼が感じた世界を音にして届けたいと思えるようになった、ということなのかな、と感じていました。
しかしまぁ、やっぱり過去についての明確な答えがあるわけではなく、これまたぼんやりとですが、音を通して彼のこれまでの苦しさと未来への期待が届いてきたことに感動したことを覚えています…… このときもまだ、「彼は自分の探していた『奏でたいと思える音』をなくしていたのではないか」ということを考えていたわけなのですが、明確な答えとは言えず。

ではそもそも、彼にとっての「良い音」「素敵だと、奏でたいと思える音楽」(俗っぽい表現しか出来ずすみません)とはどんなものなのかを一度考えたいと思います。

 

都築圭の「音楽」

パラダイスリゾートでの一件や、自然満喫、ジャパンフェスタなどのカード台詞を見ていても、彼は自然事象(波の音や風の音など)や動物からも「音」を感じ取ることで自分なりに吸収・解釈することができるように思います。

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また、初期のイベントストーリーでは
「確かに音楽も、解釈は必要だけど結局は心で感じるものが大きいだろう。(ドレミファ★メロディ ストーリー02より)」
「2人の間は、言葉ではなく音楽で繋がっていたしね。(スクール・オブ・コーラス ストーリー07より)」
のような言葉もあり、無理に言葉で表さなくとも、音楽があれば相手を・自分を理解できる、音は言葉より雄弁、みたいな部分があったのではないか、と考えました。音楽は、彼の中にある世界を表現し人に届ける(発信する)ためのものであり、他者や物事を感じ取る(受信する)ためのもの…コミュニケーションツールでもあったのではないか、と。まさに「Music is Heart(音楽は心)」というか。オフショットの台詞でも画像のように述べています。

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ですが、もちろん誰もが彼の音楽(にこめられた「伝えたいこと」)を、言葉での説明なしに音だけで完璧に理解できるわけではありません。空の境界に出てくる玄霧皐月の「統一言語」みたいなものですから(わかる方には伝わるかな…?)、一方通行のコミュニケーションになってしまう。ストーリーを経るごとにだんだんと「言葉にしないと伝わらないこともある」ということを理解して、彼なりに言葉にして伝えようとしてくれる機会が増えてきているように感じています。ありがとう神イベですね浅草

これを踏まえて、彼がプラスの感情で「感じ取って」いる音楽はどんなものか。ドレミファ★の雑誌では子どもとの連弾を楽しんでいる様子が描かれていたり、音楽教員のカード台詞では学生の合唱に興奮していたりと、巧拙よりも「そこにどんな気持ちが込められているか?」を重要視しているように見えます。サイバネでも「うまく歌わなければ」と力んでしまう旬くんに「そんなに肩の力を入れなくてもいいんじゃないかな。」「音を奏でるって、もっと幸せで…楽しいことだよ。」とアドバイスしていますし、大事なのは「上手下手ではなく、曲が生き生きとしていること」なのかなぁ、と思うのです。

ここでひとつ、彼と音楽を考える上で、ずっと引っかかっていた台詞について触れさせてください。それがこれです。

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「くだらない流行歌」

先に「彼は音を通して人や動物から気持ちを感じ取ることができるのではないか」とお話しました。それならば、どんな曲にも作り手の意図や気持ちが込められていることだって、作り手である彼は十分わかっているはず。そんな彼が「くだらない流行歌」というかなり強い言葉で、誰かしらの作った曲を批判することがずっと謎でした。
…見た目のイメージから、クラシックよりの作曲をするのではないかと考えられていた期間が長かったのもあり、「誰かが作っている量産されるアイドルソングなどに対してこれを言っているのではないか」とずっと思っていたのですが、その謎が今回のアニメでの登場で、自分なりに解釈できるようになりました。

これは「惰性で書き上げたメロディ」に対する自己批判なのではないか、と。

 

アニメ(とそれに伴うゲーム内雑誌)では、驚異的ヒットを記録した話題の作曲家として情熱熱血大陸で特集されていたわけですが、「放送終了より一週間見逃し配信」とわざわざ書かれているところからも、恐らくあの番組は(四季くんが録画とかしていたのでは?という意見もありますが)最近放送されたものではないかと予想できます。となれば、時期的にはもう「彼女」はいない頃のはずで、それでも彼はヒット曲を生み出していたことになる。
(華村さんの一件などもあり、モバとは別次元の可能性も大いにありますが)(というか別次元だとは思うのですが根底の部分は変わらないですしということで、)エムステで「僕の曲をあんな風に歌ってくれる人には、きっともう出会えない…」と明言していたり(アイドルストーリー都築圭1話)、先に例にあげたSLのドラマパートでも「彼女」の存在の大きさを感じられます。

でも、彼はプロの作曲家です。ヒット曲を生み出した以上、それ以降も仕事の依頼は来たでしょうし、きっと彼は「彼女」を失ってなお、曲を書き続けていた。そして恐らくそれらの曲もまた、世間には受け入れられ、ヒットしていた。インタビューのなかで彼は「言葉は必要ないよ、相手の心が奏でる音に耳を傾ける、それだけでいい…」と語っていて、曲作りにおける根本の部分‪──相手の音を自分が感じ取って、それをまた自分なりに表現して発信する‪──は変わっていない。でも、きっとその「歌」は、彼の求めるものではなかったのではないでしょうか。

「曲」は表現してくれる奏者がいて初めて「歌」になり、受け手の耳に届きます。
自分の作った「曲」を、最高の形で「歌」にしてくれる存在を失った彼は、それでも「曲」を書き続けたのでしょう。もしかしたら、流行している(=どうも多くの人の心に届いているらしい)歌を真似して曲を作ったりもしたのかもしれない。それでも「……僕も待ってるんだ」「僕の中から新しい音楽が生まれる瞬間を」と言っているとおり、自分の目指す「音楽」は見つけられなかった。ずっと自分の「曲」を「歌」にして羽ばたかせ昇華させてくれる存在ともう一度出会えるのを待っていたのです。

 

そして、「やっと…見つけたよ」。

吹き込もう 埃かぶり
褪せたメロディ そこに命を

自分の気持ちを込めたところで届かないだろうと書き続けた「曲」を、相手の心が奏でる音を「曲」にしても、最高の「歌」にはなれなかったそれらを。麗さんのヴァイオリンは天上の音楽に変えてくれた。

彼とならば、新しい音楽を生み出せると思った。
だから、「君と奏でたい!」と、あの時彼は言ったのではないでしょうか。

自分の作った曲になら「くだらない流行歌」という言葉を使ったことも納得がいって自分の中にストンと落とし込むことができたし、初期のカードにおける自己評価の低さもなるほどと合点がいきます。

 

「もう一度 今 届けてみようか」

あくまで彼は「作曲家」であり、「歌を届ける」人間ではなかった。
彼はもともと自分は表舞台に立つ存在ではない、と恒常Nでも言っていましたが、恐らくこれは「曲を歌にする方」ではないという意味だったのではないでしょうか。だから作曲家としてテレビとかに出たことはあっても不思議じゃないなと。

 

「彼はヒット曲を生み出す作曲家として世に認められた存在でありながら、何かが足りないと思っていて、『曲』に命を吹き込み、『歌』にしてくれる人を探していた」

これが彼の「理由あって」なのかなぁ、というのがわたしなりの答えです。

 

そして神楽麗に出会ったことで見つけたセカイを、新しい音楽…新しい楽譜(ゆめ)を、自らも彼と、プロデューサーと共に「歌」にしようと決めた。

 

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1月には待ちに待った3rdアニバCDの発売も発表されました。
二人がこれから奏でていく「新しい歌」は、どんなものになるのでしょうか。

これからのAltessimoからも目が離せません。

 

どうかたくさんのプロデューサーさんが、彼らのことを見つけてあげられますように。
ありがとう、アニメアイドルマスターSideM

 

いつか"よろこびのうた"を届ける彼らを、またアニメで見られますように。

そして2人がこれからも、至高の音楽を目指して歌い続けてくれますように。

これからも精一杯プロデュースしていきたいと思ったのでした。

どうぞ同僚のみなさま・ファンのみなさま。これからもよろしくお願いします。

 

ここまで長々とお付き合いくださりありがとうございました!!!